【エスケープ・ゴート】文 小池玄一郎
君の手を引いて 月の丘を駆ける
「このまま行けば逃げ切れる」
嬉しくなって振り向いたら 青白く照らされた浴衣が見えて
くんっと君の足が止まる 「どうしたの」
奇しくもそれは儀式の刻限
打ち鳴らされる合図の鐘に 遠くに聞こえる鐘の音に
生贄の少女は 「ごめんね」と微笑んで
自らの命を捧げてしまった
奇しくもそれは花火大会の終焉
くずおれる君の向こうに 鮮烈な火柱が突き立つ 全てを呑み込むかのように
それは 怖いくらいの静寂の中 やけにゆっくりと僕の視界を塗りつぶし
遅れて
すべてが鳴動する
夜の空気がびりびりと音を立てて揺らぐ
そのまま 上空から 光の津波が覆い被さるようにして 降ってくる 白く 白く
立ち尽くす僕を この丘から見える街並みごと消し飛ばす
君を生贄に捧げて平然としているこの街など、消え去ってしまえば良いのに
火照った頬を夜風が撫でた 立ち尽くす影 絶ち尽くす 影